逆転の思想−88        目次
              水道公論2010年 3月号


  花粉症の問題
 
 血管の中に多機能の管を通して、リモコン技術を使い、詰まった細い血管を修復したり、内視鏡で腫瘍を除去するなど人体をできるだけ傷つけることなく行われる手術、組織を再生する医療など、これだけ医学の知見、技術が発達してきたのに、花粉症は相変わらず多くの人を苦しめている。身の回りで多くの人が春先からつらい目に遭っていて、新型インフルエンザよりも重大な問題に思える。花粉症による業務能率の低下による経済損失も多額になっているだろう。これほど大きな問題なのに、なぜ対処が進まないのだろうか。
 家族がなっているのに今のところ自分だけ花粉症になっていない理由であるが、生活の違いを考えてみると土いじりを時々すること、毎日のように風呂には入らないことが考えられる。土壌中のいろいろな細菌に接触したり、あまり清潔すぎないことがいいような気がする。ただ最近のことでなく子供の頃の生活環境が影響しているという話を聞く。自分も少年期の頃は、アレルギー疾患の一種であるアトピー性と思われる湿疹ができていた。幸い大人になって症状がなくなった。
花粉症はある日突然発症するが、体内ではコップに水がだんだんたまるように次第に準備が進んで、コップいっぱいになったときに、突然花粉を異物として攻撃するようになり、発症するものらしい。原則的に花粉症が発症してしまったら自然治癒は困難となる。病原菌などに対する免疫と同様、「花粉は異物である」との情報が記憶されるためとされる。
 花粉症の一つの有力仮説として、免疫系を制御しているヘルパーT細胞のバランスが関与するという考えがある。抗体をつくる細胞であるB細胞に抗原の情報を伝達するヘルパーT細胞は、1型と2型(Th1とTh2)に大別される。これらのうち、アレルギーに関わる抗原情報を作り出すのはTh2である。
 アレルギー患者はTh2が優位に働いているということがいえ、なぜTh2が優位になるのかであるが、幼少期において感染症が減ったために、感染症を担当するTh1が増えず、その分アレルギーを起こすTh2の比率が上がっていて、この比率は大人になっても変わらないので、花粉症が増えているという説がある。
 衛生仮説ともいわれるこの説は現在最も有力な説となっている。衛生状態が良くなく、道路が舗装されず土埃の多かった頃に花粉症が問題にならなかったことを考えると納得できる。ただいい年になって発症する人も多いので、大人になってもヘルパーT細胞の変化があるのでないだろうか。
 新型インフルエンザの上陸後、ますます清潔社会になってきた感じがする。清潔すぎる社会は、感染に対する免疫力が弱まるとともに、花粉症のような過剰な異物反応がますます発生する感じがする。将来、雑菌などのワクチンでヘルパーT細胞のバランスが取れ、花粉症がなくなることが期待される。