逆転の思想−86      目次
              水道公論2010年 1月号


  発展途上国への水支援
 
 この連載の56回(2007年6月)で、バーチャルウオーターの概念を使うと「生存に必要な水」として人が生きていくために、食料のための農作物生産に必要な水が圧倒的に多く、少なくとも一人当たり1日1トンの水がなくてはならないということを書いた。
この水の重要性はあまり認識されていないようである。つまり、水に困っている人に一日2リットルの水でも補給できたらいいということは大きな間違いを呼ぶ可能性を持つからである。確かに一日2リットルの清浄な水があったら、経口伝染病になりにくくなり、そのとき子供の死亡率は急激に減少する。
 しかしこれによる人口増加によって必要な食料が大幅に増えることになり、水資源が乏しく、農業生産を増やせない国ではいずれ、過放牧による畜産環境の悪化などだけでなく、もっと恐ろしい食料を巡る殺し合いが起こることが必至で、大量虐殺を呼ぶ部族間の抗争などこちらの方がはるかに陰惨である。井戸の提供だけでなく、ワクチンなど子供の死亡率を大幅に下げる方策も同じことである。結局、農業生産を増やす方策や人口増を極力抑える方策を徹底しないと偽善になってしまう。
 食料生産のためには大量の水が必要で、生存に必要な水1トンの大半を占める。何かにつけ多いと批判される水道水使用量の何倍にもなる。
 バーチャルウォーターの資料によると、穀物1トンの生産のため、米で3600トン、小麦で2000トン、とうもろこしで1900トンもの水が必要とされる。牛肉に至っては2万トンにもなる。海水淡水化技術が革新的に進んで、トン当たり30円で水が生産できるようになっても、米1トンでは水コストだけで10万円を超え、現在の米の国際価格5万円弱からみるとかけ離れたものとなる。このように、海水淡水化は上水道にはまだいいが、農業となるとコストが非常に高く、遠い存在である。農業に使える水資源を増やすというと満濃池以来の貯水池が有力手段になるが、何故か、ダム建設が、流行のように無駄な公共事業として感情的に叩かれている。
 ただ穀物1トンの生産をするための数千倍の水は大幅に削減できるような気がする。水消費を極力抑えた革新的な農業生産技術の開発が待たれるところである。
 かって鳴り物入りで推奨された緑の革命は、バングラデシュでの地下水位低下による広範囲のヒ素中毒をもたらした。
 発展途上国への数々の支援は、長期的な見通しを持たないと、人道的援助が一番などと粋がって、良かれとやったことがとんでもない不幸をもたらすことになる。