日本橋川の再生を考える
  月刊下水道 Vol.36 No.6 2013に掲載されたものと同じ内容。写真はカラーに   2013/08/08    亀田 泰武
1,はじめに
 東京・千代田区および中央区を流れる一級河川「日本橋川」はJR水道橋駅の西で神田川から別れ、皇居の北を通り、日本橋を通って、亀島川を分川し、隅田川に注ぐ延長約4.8kmの川である。全長の大半に高速道路が被さっている。江戸時代には運河として、物資の荷揚げなどに利用された。由緒ある日本橋が高速道路で隠れているとして、全面的に地下に移すなどその改造が議論されてきた。
 

 写真 すれ違った楽団演奏付きの遊覧船
      その向こうは昭和元年建造の常盤橋。

 日本橋川には防潮ゲートがない。お堀のような水路であるが、隅田川、神田川と同じように台風の高潮や、津波が押し寄せる水域で、治水対策上、出水に加えて、高潮、津波など高水の備えをしなければならない川である。
 周辺が大小様々なビルで埋め尽くされ、緑が殆どない大都市中心地域で、ゆとりの空間や絵になる空間などを作ることは非常に価値がある。このような大都市沿岸部の運河のような水路を活き活きさせることは大変重要なことである。

2,水の出入り
 日本橋川の水の出入りとして、下水道からの流れと潮の干満によるものがある。晴天時に落合処理場から流れ出る高度処理水は22万㎥/日と多い。これが神田川に入り、日本橋川に分かれてきて、日本橋川にどれくらい入ってくるかがある。
 
 両河川の川幅はあまり変わらず、流路は神田川の方が少し短く、曲がりは少ないが、日本橋川出口の方が東京湾に近い。計画高水量では日本橋川の分担は約4割の230㎥/秒である。これらから、日本橋川に入るのは1/2から1/3はあるのではないかと思われる。
 干満による水の出入りであるが、干満は一日2回あり、東京湾では干満の差は大潮時で220cmと80cm、小潮時で20cmと80cmというような具合に変化し、大潮時平均150cm、小潮時平均50cm程度と考えられる。干満差の平均を1mとして、出入り量を計算してみる。日本橋川の川幅はときに50mときに30mと場所によって違っていて、平均40mとして延長4.8kmで、亀島川1.1kmを足して5.9kmとなり、干満一回の水の出入り量は約24万㎥となる。干満が2回あるので、一日の出入り量は48万㎥と多い。淀んでいるようでも水の出入りはけっこうあり、水質改善の検討は周辺水域まで広げて考えないといけない。

3,水質と景観
 水質は上流の神田川まで流域の下水道整備が進んで改善されてきている。特に神田川は落合下水処理場から下流は良質の処理水が流れてくるため、清流となり、アユの生息が見られる。日本橋川を遡上するアユもいるのだろう。
 日本橋川は干満によって水が行ったり来たりして、淀んだ感じになっているが、水質はBODで2mg/l程度とされ、環境基準がC類型の5mg/l以下であるのに、2段階上のA類型並となっている。溶存酸素は5mg/lより低く、夏場はもっと下がるとされる。これはD類型(2mg/l以上)となり、この点で環境基準C類型(5mg/l以上)を達成していない。夏場に時々生じる、東京湾奥部水底から流れ出す溶存酸素を含まない青潮がここまで入ってくると生物を根こそぎにしてしまう。


 写真  常磐橋
   江戸時代からの歴史がある。明治10年建造の石造アーチ橋で今の常盤橋のすぐ上流に

 2008年夏に日本銀行と以前下水道協会があった日本ビルの間の常盤橋で時々観察する機会があった。橋の上から川を覗いて、流れとか、浮遊物の状況をメモするだけだったので、やる気があればもっと長期間できたのにと思っている。日本橋川は常盤橋のところで直角に曲がっている。かってここはお堀が十字に交差しているところであった。東京駅の方に伸びていた外堀、皇居に向かっていた道三堀が埋められ今の形になった
 コイと思われる死んだ魚が2~3匹浮いていたことがあった。皇居の方から流れてきたのだろうか。また、ドブネズミが2~3匹浮いていたことがあった。これは合流式下水道排水であろう。雨のあとしばらくなどけっこう浮遊物が多い。雨天時越流水が滞留しているせいなのだろうか。
 ある日、護岸近くの水面が細かく波立っていて、ボラかウグイの大量の小魚が、護岸に張り付いた僅かな藻を突っついているようであった。
 
 また、日本橋のところでボラだろうか60cmくらいの大きな魚がゆうゆうと泳いでいたこともあった。
 どうも日本橋川は水の出入りはけっこうあるようであるし、上流の落合下水処理場からきれいな水が流れてきているので、水質改善対策は合流式下水道からの雨天時に排出される越流下水の改善が一番ではないだろうか。ゴミは別として、晴天時では水質が相当改善されている。課題の溶存酸素であるが、エアレーションの方法が局部的には考えられるが、これだけ水量と水の出入りが多いと数値が変化するほどに実施するのは相当のエネルギーや費用が必要と思われる。
 
4,遊覧船
日本橋の南東側、野村證券ビルとの間に一段低いカスケード付きの公共空地があり、船着き場もあって、船の乗降に便利になっている。ここは地下鉄日本橋駅、三越前駅のすぐ近くであるため、ボートクルーズの発着場にいい。2012年の秋に、ここの船着き場から10人乗ればいっぱいのような小型の遊覧船に乗ってみた。コースは日本橋川を下って隅田川に出て、亀島川から戻ってくるもの。クルーズがあることを知ったのは、時々日本橋を歩いて渡る時があり、そのとき船が来ているのを見つけた。遊覧の運営は不定期である。

     写真 流路に設置された建物
グラーツ(オーストリア第2の都市)で。カタツムリのような建物の中はカフェと子供の遊び場に

 インターネットで休日に予約してその時間に行ったところ、思いもかけない沢山のコースの案内係がいて、予約のコース受付までたどり着くのに数人の案内人に聞かないといけなかった。その日は楽団の演奏を聴きながら、クルーズするコースや、けっこう大きな遊覧船が来ていて、活況であった。東京のボートクルーズはこれまで、浅草から隅田川を通って竹芝まで行くのが定番で、乗客も非常に多いが、スカイツリーの関係もあり、今後小さい川や運河の運行も増えてくと思われる。
 小さいボートなので水面が身近になっている。藻類が急成長する夏場を過ぎた頃であったが、臭いもほとんどなかった。日本橋川の上を高速道路が覆っている殆どの区間では、少し暗く、印象はあまり良くなかったが、下流に行って高速道路を外れると天気が良かったこともあり、開放感がでて、水辺の良さが感じられた。ただ、小型船であるので水上バスや大型の運搬船が行き来する隅田川では風波、船の引き波で少し怖かった。
 
5,水景観
 日本と欧州の水辺撮影を行ってきて感ずることは、水がきれいに写るのは青空の天気のいい日しかないことである。さざ波が光ったり、水が青く見えるのでそうなのだろうか。どんより曇っている時はきれいな水辺もいい写真にならず、どんなにいいカメラでもきれいに撮れない。逆に快晴の時は皆きれいに撮れてしまう。かって、水質が最も悪いという、松戸市の新坂川を撮影に出かけたが天気のいい日であったので、感じよく撮れてしまった。
滅多にないが、天気が良くなくても水が輝いたように見えるところがある。上高地の梓川で、水質が良く、流れが浅く、川底が白いためか、川が青く輝いていた。同じ梓川でも雨の後は水が少し濁り、こういう状態だと天気が良くてもきれいに見えない。
 一方、緋鯉など泳いでいる魚や、明るい色の水底が見えるとけっこうきれいに見えることがある。きれいな水でも、底が深くて見えないと感じが悪くなる。
 流れの一部に白っぽい浅瀬をつくって、泥がたまらないようにきれいにしているとずいぶん違う。
 浮遊物のこともある、ゴミなどが浮かんでいないときれいに見える.逆に清流でも、ゴミが浮かんでいると、相当マイナスのイメージになる。
 水景観を考える要素として水面の近さもある、欧州の水辺はどこに行っても足下に非常に近い。大雨の時が心配になるほどである。こういう水辺は絵になりやすい。残念ながら我が国では大雨の水量が非常に大きいので、平常時の水面は相当下になり、護岸の殺風景な風景が場所を占めることとなる。東京湾では大潮時の潮位差は2mもあり、干満の差が岸辺と水面の離れを助長する。
 広島市内河川では干満差はもっと大きく4mもある。ここでは満潮時はいいが干潮時の市内水路は底がけっこう出てきて全くきれいでない。
 日本橋川では高速道路が上を覆っているため、どこも薄暗くなり、相当きれいな水になっても、見た目はあまり良くならないだろうと思われる。また、深いので条件は良くない。合流式下水道なのでけっこういろいろなものが浮いていることが多い。
高速道路で覆われているので太陽の直射がなく、藻類の増殖は少ないものの、水面が暗く、見た目がよくない。深いので底が見えないということも印象を悪くする。
泳ぐ魚や水中の白いものが見えるとずいぶん感じが違う。
 日本橋川の両側は中小のビルが林立しているが皆川に背を向けていて、これがまた川の景観を悪くしている。川沿いに大きなガラス窓のレストランや、テーブルが並んでいるテラスがあると景観は随分違ってくる。水質は良くなっているのだから雨後に浮くゴミが少なくなり、生物や、オブジェのような工作物など川を眺める要素が増えると川の景観を生かした建物が増えると思われる。

6,改善方策のこと
 日本橋の景観を良くするため高速道路を地下に埋めるプランが提案されていて、数千億円のお金がかかるようである。高速道路本体だけでなく、取り付け道路も地下に入れなければならず、費用はもっとかかるような気もする。高速道路の老朽化問題もあり、単純に考えるのはおかしいかもしれないが、東日本大震災の経験から地下に入れることは、地震や津波のことを考えると好ましくない。
 日本橋の景観だけ考えると上に上げることもあるが、水面が明るくなるわけでないので、景観改善に大きく寄与するとはならないであろう。
 考えられる方策として道路下の大きな空間と水容量を利用することがある。また暗さを利用することがある。

7,実現可能と思われる提案
7-1,雨天時越流水処理を柔軟に考える
 まず合流式下水道雨天時越流水の改善方策がある。事業は皇居のお濠の水質改善など急がれていて、多額のお金をかけて難しい事業が進んでいる。
 雨天時越流水の特徴として雨天時に瞬間的に大量の下水が発生することで、今は下水道の放流口などに、汚濁負荷をできるだけ流さない処理施設が設置されているが、少ない空間で一度に大量の水を処理しなければいけない一方、施設は雨水が流れていない大半の時間に運転されない。
 そこで今後の方策として、日本橋川の水空間容量を利用し、雨天時に処理しきれない相当量の排水を川に出し、その後汲み上げて時間をかけて再処理する方策が考えられる。処理施設の能力を小さくでき、運転時間を長くすることにより、効率が上がる。また溶存酸素を増やすなど施設の処理レベルを相当上げることができる。雨天時の越流水を地下貯留槽に貯める方法があるが非常に高価で、将来お金の余裕がでてきたときに実施すればいい。
物事が水循環で考えられるようになってきて、また河川と下水道の国の所管が一緒になったので、所管をクロスオーバーする現実的な方策が進めやすくなっていると思われ、こういう方向に持っていってほしいものである。
   図 高速道路下の空間
結構広く、地下鉄駅近くの便利なところにあるのでうまく使えば新たな価値が
 

7-2,潮止めの可動堰

 日本橋川の河口に洪水時を考えた可動堰を設けて、東京湾奥部の水質が悪化する春から秋まで、満潮後に開けて川の水を海に出し、干潮後に閉めて、東京湾からの流入を止めることがある。
上げ潮時に神田川から水が入り、下げ潮の時に日本橋川から隅田川に流すことにより、できるだけ東京湾から入ってくる水を減らすもので、夏場、上流が感潮域から少しはずれ、溶存酸素が多いと思われる神田川の水が主として入ってくることにより溶存酸素が確保され、藻類が繁殖した東京湾の水が入ってくることが少なくなる。
ただ、日本橋川が止められると、神田川にその分多く、隅田川からの水が入ってくるのでバランスも考えなければならない。将来、東京湾奥部の夏場の水質が改善されたら潮止めの必要がなくなり、稼働頻度を落としていくことになる。
 
7-3,高架下空間の利用
 首都高速の構想段階で、地下案、高架案のほかに、掘割形式にして大雨時に通行止めにする案もあったそうである。高架方式が採用され、水面と河川上部空間が残っているのはありがたいと考えた方がいい。また照明のように軽量なものは、高速道路の橋脚や天井に取り付けさせてもらえる可能性がある。
 高速道路に覆われて薄暗いが、利用しやすい大きな空間があるというこの特長を生かして、イルミネーションなど照明の舞台など遊びの空間とすることが考えられる。夜が長い冬の時期、各地でイルミネーションが飾られ、多数の人が集まるが、日本橋周辺などの河川上部の大きな空間にこれを作ったら見事なものができあがるであろう。少し暗いので、昼でもイルミネーションは映えるであろうし、水面に写って華やかさも倍増する。 
 日本橋付近は橋だけでなく両袖にちょっとした公共空間があり、また近くに橋があるので、高速道路の下に空中歩廊を設置することも考えられる。日本橋を横からよく見ることもできる。

 斬新な発想を持ついいデザイナーが取り組めば、この大きな空間の価値を大きく高め、東京の名所にしてくれるであろう。

8,終わりに
 高速道路の地下化が一時話題になったが、高齢化、人口減少のなかで、今後津波など震災対策に多額の事業費が必要なことを考えると、実現はどうであろうか。
 今おかれた状況、地域特性を考えた改善策が求められる。

   写真 バルセロナの光る噴水
 噴水を照明がきれいに浮き立てている。 

 参考

1,「日本橋・首都高速道路、そして日本橋川の再生」 岸井 隆幸. にほんのかわ / にほんのかわ編集委員会 編. (通号 115) 2007.4

2,「東京・日本橋川水辺再生への取り組み」 伊藤 一正.
特集等 特集 都市型河川・運河の再生と都市の魅力づくり 雑誌名 アーバン・アドバンス / 名古屋都市センター 編.  巻号(48) 2009.2