逆転の思想-35-
                水道公論2005年 8月号


 蜘蛛の糸

 人間の心の貧しさを表現した芥川龍之介の短編の題名であるが、現代の様々な事象に重なって見える。蜘蛛の糸にすがって登り始めた大泥棒があとからのぼってくる人々に対してどういう考えを持ったかということであるが・・・。
 熱帯雨林の伐採、湿地の埋め立てなど発展途上国の自然破壊が大きな問題になっている。貴重な自然がどんどん開発されている。開発は国立公園などの境界まで進んでいる。一方で反対運動も起きている。先進国の豊かな人たちが反対運動を応援している事も多いらしい。
 開発に取り組みたいのは、国民所得が非常に低く、少しでも豊かな生活をしたくて是が非でも成長したい地域である。マングローブの消滅の原因とされるエビの養殖池の増加は世界一エビ好きの日本人がそれを求めてお金を出すからである。
 一方、これまで大規模に開発を進めてきて豊かな生活を送っている先進諸国に対する不満もある。
 海岸線の開発をやめようといって、東京湾で港や工業団地を昔の干潟に戻したらどうですかと反論されると答えが難しい。一度開発すると後戻りができないといういいわけはむなしい感じがする。
 新規開発に非常に厳しい逗子鎌倉地域も複雑な感じがする。もともと丘陵の地形で、人が住めるところは海岸や川沿いの狭い低地だけであった。地図を見ると過去の開発により山を削って作った広大な多数の団地がある。つまり住民の多くが開発の恩恵にあずかっている地域に住む。
 開発途上国などの世界の貴重な自然を守っていくことを真面目に考えるなら、豊かな国々が、途上国の経済水準の向上に最大限協力するとともに、自分の身の回りの環境を良くするため本気になって取り組んでいかなければならない。
 東京湾でも、皆が努力すれば自然の海と同じような生態系を保持できるものである。様々な工夫や研究開発をする必要があるが、できると考える。
 考えられる改善の例として、現在の東京湾では栄養塩類が、夏場にあまりにも多いため、食物連鎖に重要な珪藻プランクトン増殖のためのケイ素が不足していることの措置がある。春から夏の時期に栄養塩類排出削減を進めるほか、この微量のケイ素を補給するなど新たな取り組みが求められる。魚介類採取のサイズ規制、人工的に藻場や産卵場所をつくることもある。深いところでは浮島の活用もある。こういう工夫は東京湾の経済価値から考えると僅かな費用でできるものである。
発展途上国の貴重な自然を守ることと同様に、開発が進んだ地域で優れた環境を創り出すことを真剣に考えていかなければならない。