逆転の思想-14-
                水道公論2003年11月号


 日本は安全な国なのだろうか

 危険地帯に救援活動で自衛隊を派遣することについて、たびたび国会で大きな議論になっている。議論がよくわからないが、争点は派遣地域が危険かどうかというような感じである。提案する側も、反対する側も、やむを得ないときに銃器を使うかどうかという議論が、安全かどうかという議論に入れ替わってしまっているようである。確かに安全であれば銃器使用の可能性を考えなくて良いが。
 安全かどうかという点で考えると、救命救助、捜索、消火活動、など社会になくてはならない危険な仕事がある。神戸の火災で多くの消防士が亡くなったように、危険な仕事は多い。危ないことはやらせないと言う人ばかりだと社会が成り立たない。
 困っている地域があって、ある程度危険でも助けが必要な場合には誰かが行くことが人の道である。安全でなければ派遣すべきでないとかあるとかの論議をやっているとよそから非常識に見られるだろう。
 ところで、安全がいつも議論になるが、日本は他国に較べ安全な国といえるだろうか。
 第一に大震災が起きる。直下型震災で数千人が神戸で失われた。高密度に発達した現代社会は東海地震のような巨大地震を経験していない。また過密大都市への集中化がある。本来危険分散のために人口の分散を図らなければいけないのに。建物など構造物をしっかりつくることはやられているが、危険分散はあまり考えられていない。
 大都市の通勤ラッシュ時に大震災が起きたら大事になる可能性が高い。大地震だけでなく、SARSが進入してきたら、ラッシュの電車で計り知れない伝染の広がりが考えられ、一方、過密電車の運行を中止したら、社会が動かなくなることが予想される。
 次に食料の問題がある。エネルギーを大量輸入している国は多いが、これほどまで食料を外国に頼っている国は珍しい。世界が大凶作になったらどうなるのであろうか。
 また人の命を考えた場合、自殺者の非常に多いことがある。最近の不況のせいか、自殺者が一九九八年一挙に年間七千人も増えて、以来三万人と交通事故死の三倍以上の水準になってしまった。
 確かにこれまで犯罪は少なかったが、このように常識的に見て安全でない状態にあることが多いのだから、総合的に安全の確保を考えていく必要がある。