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97.04.30

日本 緊急手術ヲ要 カルテNO.35
重複投資生む縄張り争い
公共事業の怪(3)【下水道】

豪華客船の形をした下水道処理施設の管理棟=佐賀県唐津市
 鳥取県で一番小さな村、日吉津村(ひえづそん)。人口は二千八百八十七人。大山のふもとに広がるチューリップ畑を横切って、日本海沿いに進むと、「ひえづ浄水センター」がある。

 ここには農水省の予算補助で造った農業集落排水処理施設(処理人口一千七百七十人)と、建設省の補助で造った公共下水道処理施設(同一千七百人)の二つが、仲良く並んでいる。大きさ、形、メーカーとも同じ“双子の下水処理施設”だ。ちょうど一日一回の水質調査にきた管理者(三七)は「排水も、ほとんど同じですよ」と教えてくれた。

 日本海側の農業振興地域で、農業集落排水の整備に着手したのが昭和五十八年。そして、大山側の市街化区域に公共下水道の整備が始まったのは、一年後の五十九年だった。使用開始も六十一年と六十二年と、ほぼ同時期だ。

 各家庭からの汚水は同じ浄水センターにたどりつき、処理された後は一緒に流される。違うのは流れる導管と処理施設だけ。途中、導管が交差するが、水が混じり合うことはない。

 事業費は十一億円ずつ。国庫補助も同じ五〇%で、重複投資もはなはだしい。導管を一本化し、処理施設をひとつ整備すれば、よっぽど効率的なはずだが…。

 日吉津村の木下満助役は「調整したが、(農水、建設両省)それぞれの制度があってできなかった。処理施設が並んだのは市街地での設置は難しく、村の所有地に造ったから」と振り返る。

 汚水処理施設は、建設省の下水道事業▽農水省の集落排水事業▽厚生省の合併処理浄化槽設置整備事業−と三省が手掛ける。集落排水はもともと「おおむね処理人口一千人以下」と規定されているが、農水省は農業振興地域の整備は「ウチの領域」と受け止めている。

 一方、市街地中心の建設省の下水道事業にも、農業振興地域で整備できる特定環境保全公共下水道があるうえ、そもそも「下水道はこっちが主体」との意識が強い。だから、日吉津村のような縄張り争いが各地で起きた。

 あまりにも非効率との批判が高まり、一千人ルールに加え、集落排水と公共下水道の処理場が二キロメートル以内に接近する場合は調整を図ることにしたのが、平成七年暮れ。が、この程度の線引きで、「下水道戦争」が終結することはなかった。

 日本で最も年間日照時間が長いことで知られる人口四千九百人余りの山梨県明野村。のどかな農村は、ここ二年間にわたり、下水道戦争に揺れ続けた。

 農水省にかかわりが深い村は、十カ所に区分して集落排水で整備することに決め、平成三年ごろから二カ所で工事に着手。七年に一カ所が、今月、二カ所目の一部の使用が開始された。

 ところが、残りの村の中心部を集落排水事業として整備しようとした矢先、建設省側から「待った」がかかった。「残りを一括して整備すればよい。それなら処理人口も四千人になり、公共下水道の仕事だ」というわけだ。 七年暮れ、困った村は山梨県の土木部と農政部に調整をゆだねた。しかし、両部長とも建設省、農水省からの出向者。メンツもあって、どちらも譲らない。

 ようやく建設省系の公共下水道で決着したのが昨年暮れ。県庁内の部局同士の綱引きで、下水処理場が待ち遠しい村民を一年間も待たせた揚げ句、先に造られた集落排水は無意味な投資になってしまった。

 農水省も負けてはいない。

 東京駅から特急で約一時間の千葉県茂原市。農業振興地域のなかでも新興住宅の造成が進むあたりに今月、処理人口五千七百七十人の巨大な集落排水処理施設が出現した。事業費七十億円(国費は五〇%)を投じ、建設省も驚くほどの大きな農水省系集落排水事業だった。

 理由は「市街地優先の公共下水道だと後回しになる。集落排水の方が早く整備される」(茂原市経済部)で、もはや一千人ルールは完全に無視されている。しかも、近くで計画されている公共下水道地域と、いずれ隣接することになるのは必至といわれている。

 佐賀県唐津市の海水浴場近くには、ドーンと目ノつく白亜のコンクリート製の豪華客船風の建物がある。長さ百十六メートル、高さは三十メートル。これが約百億円(国費は六〇%)かけて整備された浄水センター(公共下水道)内の管理棟なのだという。それなのに、同市の下水道普及率は、まだ四六%に過ぎないのだ。

 公共事業官庁の両雄、建設省と農水省は毎年、予算獲得にしのぎを削る。そのためには、効率性よりも予算を使いきることに重点が置かれ、翌年度も前年度のシェア死守を至上命題としてきた。公共事業予算で省庁別シェアが毎年、コンマ以下の変動幅しかないという硬直性も、ここに理由がある。

 日本は下水道普及率が五四%と、先進国のなかでも立ち遅れている。普及率を一%高めるには、約一兆円かかるというのに、縦割り行政の弊害から、税金の無駄遣いが続いている。


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